あれから僕は余計にあの人を避けるようになった。
ご飯の時は1番遠くの椅子に。食べ終わるとすぐ暖炉の前で誰かとチェスか部屋に戻るか。
それでも僕がこんな態度とってるのにあの人は変わらず話し掛けてくれる。
「チェスするか?」とか「エジプトの話してやろうか?」とか…笑いかけてくれるんだ。
その笑顔に救われたなんて思ってない。傷つけてるのだって分かってる。
この前夜中に偶然見た、あの人とチャーリー。あの人、泣いてたかもしれない。
翌朝チャーリーに楽しく過ごした時間の写真を見せてもらった。
一緒に箒に乗ったり、草原で並んで寝転んだり、馬鹿みたいに笑ってる。
…だけど僕の中にはもういないんだ。あの人だけいない。
どうやったって抗えない気持ちがある。届かない想いがある。だから、もう優しくしないで。
…だから、もう忘れて。
次の日、ホグワーツからの手紙に紛れて一通のピンク色の封筒が運ばれて来た。
フレッドとジョージが「愛のふくろう便」と囃し立てる中、あの人はすぐにそれをポケットに閉まって二階に上がっていった。
あぁ、あれは好きな人からの手紙なんだってズキンと痛む頭で思ってると、ジョージが僕のソーセージを横取りして、フレッドに頭をくしゃくしゃにされた。
「な〜に辛気臭い顔してんだ」
「さっさと食って行くぞ」
「行くって…どこに?」
「何年学生してんだ?」
「授業の事を忘れるってのは流石だがな。俺達ちゃホグワーツに遊びに行ってんだよ」
「馬鹿なこと言ってないで、行くわよ」
新学期間近のダイアゴン横町は何処の店も学生でごった返している。
山ほど教科書を抱えた大人や新しいペットを嬉しそうに抱える少女。
店頭にディスプレイしてある新型箒に群がる少年・・・これには僕も加わったけど。
一通り買い揃えて帰路についた頃には、黒いビロードの空にそこだけ切り取ったような月と宝石箱をひっくり返したような星が輝いてた。
冬の澄んだ空気は空をどこまでも遠く見せているようですごく好き。
冷たい風が辺りのサラサラとした雪を舞上げて、街灯の光に反射してキラキラ光ってる。
もうすぐあの人と離れられるんだ。
怖い思いしなくてすむんだ。
「遅くなっちゃったわ…今日はビルとチャーリーにご飯の用意をお願いしといたから、帰ったらすぐに夕食にしましょ」
「戻ってなんか買ってきてたほうがいいか?」
「いや、それより胃薬のほうが良くないか?」
「あの二人は料理上手よ。この前のチャーリーのアップルパイとっても美味しかったもの」
「…そんなの食ったか?」
「いいや。あの妹贔屓め」
「僕も食べたよ。うん、イケたよな」
「撤回。あの可愛い子贔屓め」
家につくとテーブルには暖かい夕食が並べてあった。
やっぱり僕はあの人と離れた所に座ろうと皆がテーブルにつくのを待ってたんだけど、あの人がいつになっても姿を現さない。
いい加減にテーブルにつけと怒られてしぶしぶ空いている椅子に座った。
隣は誰もいない。
早く食べちゃおうと手当たり次第口に放り込み、よく味わわないままデザートを手に取った。
その時、バチンって音がしてあの人が姿表しで現れた。
隣の椅子に手をかけたのと同時位に僕は立ち上がって部屋に戻ろううと立ち上がる。
「ロン。話があるから部屋で待ってなさい」
あの人から事務的にかけられた言葉に身体がビクンって跳ねる。
返事もせずに部屋に駆け込んでドアに鍵をかけて、手当たり次第ドアの前に持ってきてバリケードを作った。
こんなんすぐに突破されちゃうと思うけど、ないよりはマシだよね。
窓辺の椅子に腰掛け、冷たいガラス向かってため息を吐いた。
もう避けて通れないの?
話し合いなんて必要ない。僕はこのままでもいいんだ。
思い出した記憶はきっと僕を苦しめるものでしかない。
怖い思いをしてまでの価値なんてないんだ。それなのに…
「…なんで僕にかまうんだよぉ…」
バチン!
「お前に忘れてほしくないからだ」
また姿表し!
びっくりした拍子に椅子から転げ落ちて角に頭をぶつけちゃった。
あの人は「大丈夫か?」と倒れてる僕を起こして、椅子に座らせてくれた。
いとも軽々持ち上げられて釈然としないし、早く放してほしい。
心配そうな顔して頭を撫でようと延ばされた手を、払うようにふいっと横を向いたらその人の身体が震えたのが感じとれた。
拒否されるのが嫌なら構わなければいいのに。
「…話ってなんですか?」
「…確かにオレはフラーと付き合ってる」
なに?そんなこと言いに来たの?
あなたが誰と付き合おうが僕の知った事じゃない。二人で好きにやってればいいじやないか。
「でもお前のことも愛してる」
「…え?」
「弟だと言い聞かせて来た。幼い頃から見守って来た大切な家族だって…だけど、お前が笑いかけてくれるたび家族以上の愛しさが募って行った」
椅子に座る僕の膝に縋り付くような態勢だから表情までは分からない。
僕はじっとその人の頭を見つめることしか出来なかった。
言いたいこと聞きたい事が浮かんでは、言葉にならないまま消えていく。
「忘れようと色んな子とも付き合った…でもその度にお前の存在が大きくなっていくばかりで…」
頭が痛い。
何かが渦を巻いて、僕を押し潰そうとしてるみたいだ。
そんなこと言わないで。
沸き上がって来る感情が抑えられなくなる。
このままでいたいのに…このままでいいのに…!
「お前がオレに笑いかけてくれないなんて、耐えられない…」
…………僕は耐えて来たよ。
誰かへの手紙を出す後ろ姿をじっと耐えて見てた。その度に苦しくて悲しくて切なくて。
…何度も邪魔しようとした。
そのたびに……そのたびに?僕、何言ってるの?
だんだん酷くなる頭痛とガンガンと響く耳鳴りの中、分かったことは、この人は恋人がいるのに僕も好きだって事。
それって凄くひどい。
僕に対してじゃなくて相手の女の人に対してだ。
きっと女の人はビルに振られたら泣いちゃうだろう?
そんなのかわいそうだ。大丈夫、僕は大丈夫。
「…両方なんて選べるはずない」
「そうだな…分かってる。……どっちか一方なら…オレはロンを選ぶ。お前が好きだよ、ロン」
何で僕を選ぶの?
「…違う…違う!ビルが好きなのは僕じゃない!フラーだ!」
ビル?フラー?
……あぁ、そうだ、…ビル、1番大切で大好きな僕の兄。
僕は、ビルの幸せを誰よりも願ってた。
だから忘れたんだ。
僕がビルを想っている気持ちなんて、ビルにとっては枷でしかない。妨げでしかない。
忘れていたかった。思い出したくなんてなかった。
他人のままで…遠くから見ていたかった。
「ロン…思い出したのか…?」
「…知らない…知らない!ビルなんて知らない!」
「…ロン!」
ガバッと抱きしめられて、すっぽりとビルの腕の中に納まってしまう。
力でビルに勝てるわけもないし、何より久しぶりのビルの体温は暖かかった。
僕は大人しくビルの背中に手を回して肩に額を埋めた。
ビルが好き、僕を選んでくれて死ぬ程嬉しい。
それでも口から出るのは非難の声ばかり。
「ヒック…知らっ…、ビルな…てフラーとっ…何処、でも行けば…ぃいんだっ…ぅっ」
「ごめんな……大好きだよ…オレの小さな弟のロン」
「…んだよぉ…僕っ、も…小さ…ない」
「…ロン…ロン」
ボロボロ零れる涙をビルが舐めたくすぐったさに体を後ろに引いた瞬間、ビルに唇を塞がれた。
強く抱きしめられて、身動き出来なかったけど怖くはなかった。
「ん…んぅ」
数秒間の短いキスが終わると、ビルの綺麗な瞳が潤んでいるのが間近で見えて、凄く心臓がドキドキしてる。
おでこをコツンと合わせてビルが呟く。
それは過ちを犯した後の懺悔のようにも聞こえて…。
「キスは今まで誰ともしてない。今までもこれからもロンとしかしたくない…」
止まってた涙がまた溢れて来た。
それから何回も名前呼んでキスして泣いて。
見失うとこだった。
なくすとこだった。
いつだって1番特別だったのに。
後悔した分、もう嘘はつかない。
泣いた分、我慢もしない。
ビルが好きって思いっきり叫んだ。
2009/08/13